第9回 贈る気持ちを伝えたい・・・「お歳暮」のパンフレット
2010/11/02
つい最近お手伝いさせて頂いたものに、「お歳暮」のパンフレットがあります。従来の儀礼的な贈答や接待を控える企業や自治体、官公庁などが増えていると聞きますが、昨今の「お取り寄せ」ブームともあいまって、まだまだその需要は根強いようです。
といっても、その昔は百貨店やデパートの独壇場であったお中元やお歳暮も、今では近くのコンビニエンスストアで簡単便利に発注や申し込みができる時代になりました。今回お手伝いしたパンフレットも、コンビニチェーン「サークルKサンクス」のものです。
実際にパンフレットを開いてみても、ハムや海産物、クッキーなどの定番商品から、チーズフォンデュやシャンパンなどのパーティメニュー、流行りのロールケーキ、果てはB級グルメの代名詞ともいえる「横手やきそば」や「厚木シロコロホルモン」、「津山ホルモンうどん」などなど、そのラインナップも多様多彩です。
そんな中、ジャンルや商品が細分化されるにつれて、ついフォントに頼ってしまいがちなバリエーションの豊かさを、今回は、人の手による筆文字やペン字で表現できないか、というのが依頼の主旨でした。というわけで、表紙のタイトルだけでなく、中面のジャンル名やキャッチコピー、商品名やその“吹きだしコメント” にいたるまで、あちこちに私の手書きの文字をご提供しました。
物に形を変えて贈り贈られるものは、実は感謝の気持ちやねぎらいの言葉、多幸を祈る想いのはず。手書きの文字で紹介することによって、少しでもそのアナログ感や質感が表現できていたとしたら、それはそれで素敵なことなのかもしれません。
※お歳暮パンフレットは、全国のサークルかKサンクスの店頭で無料配布されています。
お近くにお店がない方は、パソコンからでもe-bookでご覧頂けます。
http://cksu-okurimono.info/pc_catalog/book0032.html
(最後のページには、なんと私の紹介まで…?!)
第8回 躍る筆文字、大正の粋
2010/07/28
知人の披露宴に呼ばれた先は、「新ばし金田中(かねたなか)」。新橋演舞場の隣り、高塀に囲まれた重厚なお屋敷は、ビルが林立する銀座にあって、そこだけぽっかりと時代に取り残されたかのような佇まいです。
江戸時代に興った新橋花街が、明治維新を経て日本を代表する花柳界に生まれ変わります。「金田中」はそんな盛りの大正時代に創業。最近では支店も随分と増え、その敷居も低くなりましたが、いわば本店のこの店は、今も変わらず一見さんお断りの老舗。夜の会席には芸子さんがつき、三味線と踊りを楽しみながら一献傾けるのが基本。料理はもちろん、設えも振舞いも、まさに料亭の料亭たる風情。「新喜楽」「吉兆」と並び日本三大料亭と称される所以です。
樽酒の注がれた枡には「金田中」の文字。太々としながら、文字の中にはたっぷりと空気が含まれています。「金」の字の頭をあえて左右に開いて、堅苦しさを控えているのも粋。唄や踊りを楽しんだ往年の花柳界を彷彿とさせる、実にいい筆文字です。
※「新ばし 金田中」
東京都中央区銀座7-18-17/03-3541-2556
地下鉄・東銀座駅より徒歩3分
第7回 筆文字が看板を占領?!
2010/06/18
これは東京・神楽坂の、とあるビルの看板。見ればすぐに分かる通り、B1Fから5Fまで、なんとすべてのお店のロゴが筆文字で「占領」されていました。
でも、驚かされるのは、それだけではありません。そば、和食、着物、ラウンジ、割烹、バー、と業態もさまざまですが、楷書、勘亭流(歌舞伎文字)、金文(甲骨文)、行書、ひらがな(万葉仮名)・・・などなど、なんと6軒のお店とも、すべて店名に使っている書体が違うではありませんか!
その昔、筆文字の店名といえば、店主やオーナーが書いた「ヘタウマ」的な看板が目立ったものですが、最近では折からのブームもあって、筆文字のフォントもずいぶんと増えてきました。残念ながらちゃんとしたフォント、クオリティの高いフォントはまだまだ少ないのですが、それでも、筆文字だったら何でもいい、という時代はとっくに過ぎて、オーナーやデザイナーが、筆文字の選び方にも関心を持ち始めている証拠だといえるでしょう。
さて、皆さんはどのお店を覗いてみたくなりましたか?
第6回 こまち、つばめ、みのり、しらかみ… 共通するものは何でしょう?
2010/05/21
これらはすべて、鉄道ファンならずともよくご存知であろうJRの列車名です。行き先表示板が手書きだった時代は別として、これまで列車名や愛称などには、ほとんどのケースで活字のゴシック体が使われてきました。
人気の特急列車にヘッドマークがつくようになってからも、山や星や鳥のイラストは入っても、やっぱり列車名は活字が主だったのですが、東北新幹線の「こまち」、九州新幹線の「つばめ」に筆文字が使われて以来、各地のリゾート列車やお座敷列車を中心に、愛称の「筆文字化」が進むことになります。
写真の「リゾートみのり」は、仙台を起点とする仙山線のリゾート列車。古い気動車を改造したとは思えないモダンな造りで、女性や家族連れに人気です。「リゾートしらかみ」は、本州最北の五能線を走る観光特急で、「橅」「くまげら」「青池」の3つの編成が、すべて筆文字のロゴを車体に掲げています。観光名所の駅でのんびり停車したり、撮影スポットの区間ではわざと減速したり、といった優しい演出が評判となり、今や東北地区を代表するリゾート列車になりました。
列車の旅に、規則正しく早く移動することを求められた時代は過ぎ、むしろ時間をかけてのんびりと、快適に移動を楽しむ時代になったことが、こうした手書き筆文字の列車名を生んだ背景にあるものと思います。
生粋の鉄道ファンとしては、いつか自分の筆文字で列車の愛称を書いてみたいものです…。
第5回 伊藤園「おーいお茶」
2010/04/27
ずっと昔からいつも見てきて、その文字をみれば「ああ、コレコレ☆」と思わされて、それでいて絶対に見飽きないどころか、何も変わらないのに時代の波にちゃんと乗り続けている筆文字があります。その代表格が伊藤園の「おーいお茶」。個人的にも最も尊敬し、敬愛する筆文字の一つです。
お茶メーカーの伊藤園が1968年、俳優の島田正吾さんを起用したCMで、かの有名な「お~い、お茶。」のフレーズを世に広めました。実は、最初は商品名ではなくキャッチコピーだったのですね。伊藤園が世界で初めての緑茶飲料「缶入り煎茶」の販売したのはそれから20年近く後の1985年、キャッチフレーズを商品名にした「お~いお茶」ブランドが誕生するのはさらに4年後の1989年のこと。いかに長い時間をかけてこの商品が「熟成」されたかを窺い知ることができます。
考えてみれば、「おーいお茶!」なんて、今の家庭内で気安く奥さんに言おうものなら、いきなり夫婦喧嘩になりそうなフレーズですが(笑)、それが商品名として定着した背景には、CMでこのフレーズを語る役者の凛とした存在感に加えて、この筆文字の持つ独特な温かみや優しさが大いに貢献していることは間違いありません。
同時に、業界で初めて「ホット対応ペットボトル」を販売したり、2004年には、それまでの流れに抗って“渋みのきいた濃いめの味わい”をコンセプトに「濃い味」を生み出すなど、ブランドの強さに安穏としない積極的な展開が評価され、商品の登場から20年を経た今、累計販売本数はなんと150億本を突破し、すべての茶系飲料の中で販売量no.1ブランドになったのでした。
これに追随するように筆文字の意匠を取り入れてきたのが、JT/辻利、サントリー/黒烏龍茶(商品タイトルは活字ですが、広告表現はすべて筆文字)、アサヒ飲料/十六茶、キリンビバレッジ/生茶、など。反対に、頑なに活字体にこだわっているのが、日本コカコーラ/爽健美茶など。ちなみにサントリー/伊右衛門は、一見活字のようですが、実は手書きのロゴ。さらに深いこだわりですね。各社ともにお茶の品質の高さやヘルシー感をアピールすべく、ブランド定着のための大掛かりな宣伝展開を仕掛けていることがわかります。さて、次の時代を担う新しいお茶ブランドは、果たしてどんなロゴを掲げて登場するのでしょうか。。。
第4回 扉座第45回公演 『神崎与五郎 東下り』(作・演出/横内謙介)
2010/03/25
「百鬼丸」「きらら浮世伝」など、過去にも何度かタイトル題字のお手伝いをさせて頂いている劇団・扉座。アートディレクターが私の尊敬する吉野修平氏、それに主宰の横内さんが同じ大学・学部の先輩という縁もあって、いつも程よい緊張感を持ちつつ、でも、とても楽しく筆を持たせて頂いています。
今回の新作は、講談や浪曲の題材としても知られる忠臣蔵のエピソードを、人情芝居仕立てに味付けしたもので、いわば横内氏の最も得意とする分野の一つ。歌舞伎俳優の市川笑也氏を主役に、今や人気テレビ俳優としての座を確立させた六角精児氏が久しぶりに扉座の舞台に上がるとあって、チケットの発売前からすでに注目が集まっている公演でもあります。
今回は、すでにポスターのイラストが出来上がってからの題字入れとあって、「江戸の粋」「涙と笑い」「人情芝居」「七転び八起きな物語」といったイメージを意識して書きました。あちこちで目に留まることもあるかと思いますが、もしもお時間がありましたらぜひ劇場に足をお運びください。
扉座第45回公演/扉座人情噺
『神崎与五郎 東下り』(かんざきよごろう あずまくだり)
◎厚木公演…5月14日(金)・15日(土)/厚木市文化会館・小ホール
◎東京公演…5月19日(水)~30日(日)/座・高円寺1
【作・演出】横内謙介[出演]
【出演】市川笑也(歌舞伎俳優)/岡森諦/六角精児/ほか
【物語】
赤穂の浪人、神崎与五郎は、大石内蔵助の内命を帯びて、京から江戸へ向かった。やがてさしかかる箱根の山の、とある茶屋で休んでいるところに、峠の馬方・丑五郎というならず者に言いがかりをつけられる。しかし討ち入りという大事を前に、与五郎は我慢を重ねて恥辱を受けたまま去る。後日、それが義士の一人であったと知った丑五郎は、深い後悔に泣き伏したのだった……。
【前売開始】4月11日(日)
詳細はこちら
http://www.tobiraza.co.jp/
http://www.tobiraza.co.jp/stage/kouen/201005_kanzaki/kanzaki_1005.html
第3回 餃子の王将
2010/02/22
今やすっかり人気店になった「餃子の王将」。不思議な感慨を抱いている世代も多いはずですが、そもそもは京都市の四条大宮にて1967年(昭和42年)12月25日に1号店を開業したのが始まりで、東京への進出は1970年代後半という老舗。なるほど、特にここに行きたい!というのではなく、中・高校生くらいの時にお腹が空くと何となく入っていた記憶があるのはそのせいでした(笑)。
昔は和食メニューを出していた店があったり、現在でも八幡市の店のように回転寿司を中華料理と併設している店舗もあるそうですが、それにしても昨今のブレイクぶりは見事なもの。とにかくこの店の餃子がこれほどまでにマスコミを賑わすことになろうとは、正直まったく想像していませんでした。
確かに、創業来変わらないこのロゴを見れば、「王将」というブランド名だけではなく「餃子の」の部分をも筆文字にしたセンスが光ります。多くのチェーンは、その業態や領域を広げたいがために、「餃子の」の部分までをロゴにするのを避けるのが普通。要するに、餃子以外の和食や洋食にまでメニューを広げる際に、いちいちロゴまで変えなければいけなくなるリスクをヘッジしたくなるものです。
でも今の「王将」に行けば、餃子が主役には変わらねど、店ごとにオリジナルメニューも満載で、単なる餃子だけの専門店ではないことは誰の目にも明らか。「餃子の王将」の店名そのものが、一つのブランドイメージとして定着していることを示します。その証拠に、タイやシンガポールでも、同じこの日本語のロゴを使った偽物の店舗が登場しているとか(笑)。
それもそのはず、とにかくこの筆文字がとても上手くていい字なのです。我々の世代であっても「ああ、あの王将ね」という何ともいえない安心感を抱かせる秘密が、このロゴにあったと言っても過言ではないかもしれません。
第2回 エースコックの「スープはるさめ」と、カルビーの「堅あげポテト」
2010/01/01
毎年、無数の新商品が出る中、常にコンビニの棚を確保しているのは、その商品が消費者の厚い支持を受けている証拠。特にこの2つは僕の中でも大ヒット商品です。
「スープはるさめ」シリーズは、定番の「野菜わかめ」を筆頭に、コラーゲンを別入れする「鶏ぷる白湯」や、「黒酢酸辣湯」、「鶏しおレモン」などなど、今やなんとその数10種類!カップのデザインをみれば、あーコレね、と誰もが思い当たるはず。商品名の書体そのものに目だった特徴はないのですが、実に優しくて美味しそうなロゴになっています。変に凝ったりせず、奇をてらわない素直な筆文字が、息の長い商品の持つ安心感と定番感を与えていると言えるでしょう。
一方の「堅あげポテト」は、サクサク、パリパリに代表されるポテトチップスのイメージを、「堅い」という言葉を使ってガラリと変えた意欲作。実際にバリバリと音を立てて口の中で砕ける食感への驚きは、活字ではなく極太の筆文字で表現したことで、より印象強く消費者に伝わったものと思います。
でも、この2つの商品に共通する最も大切なポイントは「カタカナ」にあります。本来、中国から伝来した漢字ではなく、日本人がいわば「記号」として編み出したカタカナには、アルファベットなどと同様に、筆文字の古筆や教典がありません。つまり、「お手本」がないので、漢字と同じように筆を使うと絶対におかしくなります。そう思って注意してみると、街の中で見かけるカタカナの筆文字はたいてい下手に見えるはずです。有名な書家が書くほど、むしろとても下手っぴに見えてしまうのはそのせいです。
これらの商品の「スープ」「ポテト」の文字はとてもよく考えられていて、単なる記号としてではなく、それでいて平仮名や漢字と一緒に書かれてあっても違和感なく、その食品の美味しさが伝わるように丁寧にデザインされています。おそらく、相当に練り込まれているはず。筆文字が流行る昨今、外来語がどんどん増える時代にあって、カタカナを筆でどう書くかは、実は隠されたもう一つのテーマでもあるのです。
第1回 「ルミネマン」
2009/11/20
「買い物でちょっと遅れます 宮本武蔵」…東京・渋谷にこの秋オープンした「ルミネマン」。文字通り、ルミ姉でお馴染みの「ルミネ」が男性をターゲットにテナントを誘致した、男性版「ルミネ」。3階建てで1階にインテリアグッズや時計、それにカフェ、2・3階はファッションのセレクトショップ、という至ってシンプルな作りに比して、やけにインパクトが大きかったのがこの看板。山手線のホームをはじめ、媒体の告知で目にした方も多いはず。
上手いとか下手とかではなく、巌流島の決闘をネタに、宮本武蔵の持つ男気ムードに加えて、筆文字を使ってそれもわざとオドロオドロしく、そしてネバネバと男臭く書くことで、これでもかと「男」を意識させようとした潔さには拍手。さらに1階エントランスには「ルミネマン」の幟まで立てる心意気。ルミネの本気を感じさせる一筆でありました。